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名古屋地方裁判所 昭和54年(ワ)1012号 判決

原告 中部産商株式会社

右代表者代表取締役 稲森正

右訴訟代理人弁護士 片山欽司

被告(選定当事者) 北熨斗貢

選定者 佐川達夫

選定者 赤澤栄一

選定者 木村博

選定者 小林良明

選定者 田中彦平

選定者 田村憲男

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、(当事者の申立)

一、原告

1. 被告(選定当事者)及び選定者らは各自、原告に対し、金一八八万二、四五六円及びこれに対する本訴状各送達の翌日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2. 訴訟費用は被告の負担とする。

3. 仮執行の宣言。

二、被告

主文同旨の判決。

第二、(当事者の主張、答弁)

一、原告の請求原因

1. 原告は訴外太陽商事こと佐藤伝一郎に対し金九四一万二、二八〇円の売掛金債権を有している。

2. 右太陽商事は昭和五三年一月一五日頃倒産し、同日債権者会議が開かれた結果、被告(選定当事者)及び選定者ら(以下、便宜上「被告ら」と略称する。)が債権者委員に選任され、その中で被告(北熨斗)が債権者委員長に就任した。

ここに、原告を含む右太陽商事の各債権者と被告らとの間に、被告らが右太陽商事の資産を金銭化してこれを右各債権者に配当する事務を委託する旨の委任契約が成立した。

3. 被告らは、右太陽商事の資産を金銭化して同年三月三一日に一〇%、同年八月三一日に五%、同年一一月三〇日に五%の各配当(合計二〇%)を債権者らに行った。

4. しかし、被告らは原告に対して前項の配当をしない。これは前記委任契約に違反するものであり、原告は被告らの右債務不履行のため配当金相当額の金一八八万二、四五六円の損害を蒙った。なお、被告らの右損害賠償債務は商人たる被告らの商行為によって生じたものであるから、被告らは商法五一一条の規定により連帯責任を負うものである。

5. よって、原告は被告らに対し右損害賠償金一八八万二、四五六円及びこれに対する本訴状送達の翌日(被告赤澤栄一、同木村博、同田中彦平、同田村憲男については昭和五四年五月一五日、被告北熨斗貢、同佐川達夫については同月一六日、被告小林良明については同月一七日)以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被告の答弁

1. 請求原因1の事実は不知。

同2項のうち前段の事実は認めるが、後段の事実は否認する。但し、債権者会議が開かれたのは、昭和五三年一月二二日である。

同3項の事実は認める。

同4項のうち、被告ら債権者委員が原告に配当しなかった事実は認めるが、その余の事実は争う。

2. 被告ら債権者委員は、昭和五三年一月二二日の前記債権者会議において、同日出席した債権者らから太陽商事こと佐藤伝一郎の債務整理のため債権者委員会が窓口となって右の整理事務を行うことについての一般的同意を得たものにすぎない。

被告ら債権者委員は、右同意に基づき債務者である右佐藤伝一郎と協議した結果、同人の資産一切を全債権額の二割相当の価格で別会社に売却し、右売却代金をもって全債権者に二割の配当(この内訳は原告主張のとおり)をし、残余の債権は放棄してもらうという整理方針を決定し、右佐藤の同意を得た。

そこで、被告ら債権者委員は、原告を含む全債権者に対し右債権放棄と配当の方法についての同意書及び委任状を送付すると同時に、右各書面に署名押印のうえ同年三月末日までに債権者委員会宛これを返送するよう通知した。

しかし、度々の連絡にもかかわらず、原告は右書類の返送をしなかったので、被告ら債権者委員は昭和五三年一一月末日の最終配当をもって整理事務を終了し、残余金については前記佐藤の同意を得て処理した。

右のように、原告は債権者委員会に対し同意書及び委任状を送付しなかったのであるから、原告と被告らとの間に配当事務についての委任契約は成立していない。

また、原告が債権者委員会に対して右同意書等を送付して来なかったのは、前記債務者佐藤に対し独自に債権の請求をする意思であったものであり、右金銭債権はなお存在するのであるから、その主張のような損害は原告に発生していない。

よって、原告の本訴各請求は失当である。

第三、(証拠関係)〈省略〉

理由

一、成立について争いのない甲第三号証と原告会社代表者尋問の結果によると、原告は訴外太陽商事こと佐藤伝一郎(以下、単に太陽商事という。)に対し金九四一万二、二八〇円の売掛金債権を有している事実を認めることができる。

二、太陽商事は昭和五三年一月一五日頃倒産し、同日債権者会議が開かれた結果、被告らが債権者委員に選任され、その中で被告(北熨斗)が債権者委員長に就任した事実は当事者間に争いがない(なお、債権者会議の開催日が右一月一五日であることは成立について争いのない甲第一号証によって明らかである。)。

成立について争いのない甲第一号証と原告会社代表者尋問の結果によると、内整理のため行われた昭和五三年一月一五日の右債権者会議において、出席した原告会社を含む四五名の債権者ら(全債権者の約八割)は、被告らを債権者委員に選出したうえ、右内整理の方法として、「太陽商事の売掛金、商品、現金、預金、受取手形、備品等の資産を被告ら(債権者委員会)に譲渡する。第二会社を約一〇日以内に設立し、右資産全部を右第二会社に譲渡し、その譲渡代金をもって債権者らに対する配当金とする。右配当の金額、時期、支払方法については、同年二月一五日までに債権者委員会が決定する。同年三月末日までに第一回の配当を現金で行う。」等被告ら債権者委員の協議に基づく提案に賛同し、右事務の執行を被告ら債権者委員に一任する旨決定した事実を認めることができ、被告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。

三、成立について争いのない甲第二、三号証、第四号証の一・二、第五号証の一・二、第六号証、乙第一ないし三号証と原告会社代表者、被告本人各尋問の結果を総合すると、被告ら債権者委員は、その後同年二月二日債権者委員会を開催し、さきに譲受けた太陽商事の資産を同年一月末日に設立登記された第二会社(株式会社サトウ繊維、代表取締役佐藤勇)に譲渡し、更に同年二月一五日債権者委員会を開いて、右資産譲渡による換価代金をもって全債権者の債権につき一率二割の金員を配当し、残余の八割相当の債権については各債権者に放棄の同意を得ることなどを決定し、この間に行った債権調査の結果に基づき、原告を含む各債権者に対し、右決定の趣旨を伝える右同日付通知書(乙第一号証)、債権一部放棄確認書(乙第二号証)、右配当金の請求につき被告ら債権者委員を各債権者の代理人とする旨の委任状用紙(乙第三号証)を郵送し、かつ、右確認書及び委任状に署名、捺印して債権者委員会に返送を求めたが、原告会社は、右債権放棄に同意しない旨を表明して、右各書面を債権者委員会に返送し、その後における被告らの再三の要請にかかわらず右不同意の意思を貫いたため、被告ら債権者委員としてはやむなく原告会社を除いて、同年三月三一日に一〇%、同年八月三一日に五%、同年一一月三〇日に五%、合計二〇%の配当を実施(この点は当事者間に争いがない。)した事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

四、以上認定の事実関係にかんがみて考察するに、昭和五三年一月一五日の債権者会議において各債権者に対する配当の金額(割合)、時期、方法等を被告ら債権者委員に一任する旨決議されたというものの、その際の決議事項全般を参酌すれば、右決議によって一任されたのは、太陽商事の内整理としての全体的な弁済資金の調達と配当に関する実施方法であって、その限りにおいて全体的な右資金の調達と配当のための準備的事務が委託されたと解することはできるけれども、原告を含む出席債権者に対する債務弁済の受領等を含めた個々の配当事務そのものまでが被告ら債権者委員に一任されたと解するのは相当でない。従って、右債権者会議の決議によって、被告ら債権者委員と出席債権者との間において各個の具体的な配当事務についての委任契約が成立したものと認めることはできない。

五、そして、前認定の事実からすると、被告ら債権者委員において、前示債権者全体のための弁済資金の調達、配当の準備的事務の履行の点に手ぬかりはなく、ただ一つ問題になるのは、債権者委員会が各債権者について一率八割の債権放棄を決定した点であるが、被告本人尋問の結果によれば、右債権の一部放棄は債権者会議においておおかた予想されていたと窺われるばかりでなく、前記のような債務者太陽商事の全資産を売却換価しての配当という本件内整理の方法からすれば、右の措置はやむを得ないものというべく、右債権の一部放棄を承諾しない少数の債権者に対して右放棄のないまま配当の利益を与えるのは、却って不公平の非難を免れず、全債権者に対する債権の一部放棄を決定した被告ら債権者委員の措置を任務違背ということはできない。

更に、各個の債権者に対する具体的配当事務の委任契約の成立を考えてみるのに、原告が前記確認書と委任状に署名捺印してこれら書類を債権者委員会に返送したことは前示のとおりであるが、原告は債権者委員会の決定した前記債権の一部放棄に同意しなかったのであるから、右条件を設定した被告ら債権者委員の意思表示と無条件の配当を求める原告の意思表示は合致せず、その間に債権額の二割を配当するという事務の委任契約は成立しないといわざるを得ない。

六、してみると、被告らについて配当事務についての委任契約の不履行をいう原告の主張は失当として排斥を免れず、右主張を前提とする原告の被告らに対する損害賠償の各請求は理由がないから、これをすべて棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 深田源次)

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